0613 斉藤和義とカレーライス

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日々暮らしていると、どうでも良いことばかり考えてしまう。最近は、斉藤和義の好きなカレーについて考えている。カレーと一口に言っても様々な種類があることはいうまでもない。私はスパイスをふんだんに使ったスパイシーなカレーが好きだ。中でもカルダモンとクローブをゴリゴリに入れた香り高いカレーが特別好きである。ただ、少し癖が強いので苦手な人は苦手かもしれない。そんなカレーを口にして、斉藤和義は何を思うだろうか。私見だが、斉藤和義ボンカレーが好きだと思う。王道の、なんの飾りっ気のないカレーを喜んで食べるタイプではないだろうか。やれカルダモンだの、クローブだの言われても、「何が何だかわからないし太田胃散の味がする」なんて言いかねない。だから、ないだろうとは思うけど、何かのきっかけで万が一でも斉藤和義にカレーをご馳走することになったら、ボンカレーを出してあげたいな、と考えている。

 

前の記事で、悲観主義者と楽観主義者について触れたのだが、とある本に「どっちもどっちで幸せだ」と書かれていた。「前者は穏やかな人生を望み、後者は経験に満ちた人生を望む」、その為、「どっちもどっちで幸せな人生である。」ということらしい。

私にとって幸せとは何だろうと考えていた。不自由ない衣食住で、大事な家族と友人がいて、大好きな音楽を聴いて、好きな本を読んでいること。あと大好きなカレーを作っていたい。ここまで、すべて叶っているんだけど、何かが手に届かないというか、足りない気がしてしまう。幸せを相対的に見てしまうと、空虚しかない。何かと比べて、自分の幸せが不幸に変わることだってある。

その点、カレーはすごい。何と比べてもカレーなのだ。しかも、お手軽に作れるのにめちゃくちゃ美味しいし、カレー嫌いな人も少ない。昔は、カレールーで作るのが当たり前だったけど、スパイスなんて簡単に手に入るし、余計な塩分・油分もカット出来るので体にも嬉しい。初心者にオススメしたいスパイスは、クミン・ターメリックコリアンダーシード・シナモン・チリパウダーである。この5つだけでも充分にカレーとして成り立つ。スパイスを油で熱しているときが一番重要だ。スパイスによって、加熱する温度が変わってくるので、そこらへんはググってみれば良い。段々と、スパイスの世界に魅了されること間違いなしだ。とにかくカレーは裏切らない。世の中で絶対的なものなんて存在しないと思ってたけど、カレーは唯一無二の存在かもしれない。美味しいし、身体に良いし、手軽だし、裏切らない。カレーのある世界に生まれてよかった、それだけで私は幸せものかもしれない。

 

終わり

0525 ミスチルとカレーライス

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半袖で外出できる季節になった。そろそろラーメン屋が冷やし中華を始める頃だろう。相変わらず斉藤和義を聴いている。私といえば、飽き性が服着て歩いてるような人間だったのに、こうも飽きずに聴き続けてるのはすごい。エレカシ以来の快挙。途中でちょいちょいハマる兆しを見せていたアーティストもいたけれど、飽きてしまった。

 

基本的に人はネガティヴである方が、エネルギーを使わないのでラクである。終わりのないくだり坂を、コロコロ寝転がっていくイメージ。自分は物心がついてから、ペシミストだったのでプラスのエネルギーをもっている何かと過ごすと非常に疲れる。これは自分と似たような人間だったら割と共通に感じるのではないだろうか。

しかし、あまりにもマイナス思考でいると人生の進め方に困難が生じやすくなるので、最近はプラス思考・行動を取り入れるようになった。

 

とても簡単なことだが、あまりおもしろくないことでも5割り増しのリアクションを取ることだ。本当におもしろくなくても腹の底から力を出せば、それらしい笑い声は出せるし、自分の素っ頓狂な声にも笑えてくる。とにかく声を出して笑うことのシナジーは測りきれない。

 

ミスチルの桜井も、PADDLEという一曲で「いいことがあってこその笑顔じゃなくて、笑顔でいりゃいいことあると思えたら、それがいいことの序章です。」と歌っている。中学生の頃、この一節に感化した。こんな素晴らしい歌詞を書く桜井の才能にあっぱれだ。

 

とにかくミスチルの桜井はすごい。世の中の人間は得てして心の中にリトル桜井が存在している。だから、ミスチルを聴くと「桜井って私の気持ち代弁し過ぎじゃない、、?」という感覚に陥るのだ。食べ物のカレーライスと一緒で、大体の年齢層から支持を受けているアーティストといえば、ミスチルくらいである。

 

「私ゲスの極み乙女嫌いなんだよね。」っていうのはわかるけど、わざわざ「ミスチル嫌いなんだよね。」という人を見たことがない。いても「苦手なんだよね。」くらいだろう。ミスチルは音楽界のカレーライスになりうる存在ということだ。

アルバムでいうと、『Q』辺りまでのミスチルは、まだクセがあった。食べ物でいうと、納豆。すごく好きな人もいれば、嫌いな人もいる感じ。このアルバム以降、マジョリティの道をグイグイ進んでカレーライスになった印象である。

 

今だにクセのある納豆みたいなアーティスト、それこそがエレファントカシマシである。納豆というか、パクチーに近しい。クセの塊みたいな。好きな人はめちゃくちゃ好きだけど嫌いな人は嫌いだし、食わず嫌いもされやすい。好きな人間は、この美味しさを独り占めしたいので、「嫌いな人は嫌いでどうぞ。」というスタンスだ。こんな美味しいもの食べられないんだね。と、どこか自分を特別で高尚な人間だと思い込みがちだ。パクチー食べられるだけなのに。

 

最後に、エレファントカシマシの新曲がとても良い。MV見た瞬間に鳥肌が立って、電車の中で居ても立っても居られなくなった。所感としては、「このパクチーめっちゃ食べやすい!」である。興味のある方は是非聴いてみてください。

 

終わり

0415 いつでも微笑みを

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気がつけば4月も中盤で、桜の木もすっかり緑になっていた。今年も3分の1が終わる。それが早いのか、長いのかもわからないくらい実感が湧かない。

ただ、自分を取り巻くいろんなことが目まぐるしく変わって行くことに、情報を処理するスピードが追いつかない。自分の生活において変わらないことの方が大半なんだけど、変わらないことの中でも変わってしまうことがたくさんあって、もうよくわからない感じになっている。

特別めちゃくちゃ忙しいわけではないんだけど、一週間前の記憶もないし昨日何食べたかも覚えていない。何かに感動したり、心を揺さぶられる瞬間も減った気がする。

 

ミスチルが、なんかの曲で「あぁ生きてるって感じ」みたいなことを言ってた気がするんだけど自分が生きてる実感が湧く瞬間っていつだろう、と帰り道考えていた。

ちょうど1ヶ月程前に、人生ではじめての急性胃腸炎になった。

上からも下からも水分が止まらない。飲んでも出て行く。「まだ出て行くの?!」というくらい出て行く。トイレでただただ虚無だった。人間ポンプになった気分だった。自分の意図と反して体が衰弱して行くことに並々ならぬ危機感を覚えた。

そういえば、この瞬間に「あぁ私は生きてるな」と思った。自分の体を蔑ろにした生活を送っていると、体はきちんとSOSを出してくれるんだと。初めて自分の体とわかり合えた気がしていた。

その反面、大袈裟かもしれないが「もしかしたら死ぬのかな?」という最悪の事態が頭をよぎっていた。悲しいかな、人は追い込まれないと自分の過ちに気づくことができないんだろう。この日をきっかけに、自分の体をいたわろうと決意した。

 

話は変わるが徐々に夏の気配が近づいてきた。夜でも外は明るくて、「夏だから」という一言でなんでも許されてしまうアナーキーさが好きだ。休日の昼間からだらだらビールを飲んで、好きな音楽を聴いて、どうしようもないことで笑っていたい。煙まみれのやきとん屋で、美味しいのかまずいのかもわからない串焼きを食べ、ビールで流し込みたい。「次の日絶対後悔するだろうな〜」なんて無茶な飲み方をしたい。今年はあと3回くらい胃腸炎になる気がしている。

 

終わり

0217 春のうた

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春の風の匂いは人をダメにする。全員かはわからないけど、確実に私はダメになる。

高校を卒業してから何年も経ってるはずなのに、心はまだセーラー服を着た幼稚な私のままだ。東京にもいくつか桜の名所があるけれど、やっぱり今も鮮明に想い出されるのは地元の桜だな、と思ってしまう。

過去ってどのくらい経ったら過去になるんだろう、と考えていた。つい昨日のことを過去だと言う人もいれば、何十年も前の出来事を過去だと言う人もいる。

ぶっちゃけ私はどっちでもいいし、そんなことより東京03のコントが面白すぎることを伝えたいけれど、せっかくだから過去について考えてみたい。

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私にとって過去とは、当たり前に自分の人生で切り離せない大事な要素である。

「もう過ぎてしまった時」と、時間軸でカテゴライズするにはもったいないほどの多様な過去を人それぞれ携えている。それは、例えば「思い出したくない過去」であったり「愛おしい過去」であったり、当時の自分の感情によって色付けられた過去だと思う。

 前者の「思い出したくない過去」について、これは最近思うことだけど、自分が人生を進めるごとに、薄くなって行くものだなぁ、と感じている。薄れて行くのは、当時の記憶や感情だけでなく、その過去をコンプレックスとして「思い出したくない」と自棄に蓋をしてしまう私のプライドである。なんかわかりづらいですね。

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要するに、時間経過によって過去は形状や濃淡を変え、最終的にはどうでもよくなるかもしれないし、からあげはうまい。ということである。もうよくわかんない。

 

私は無意識に過去についてたびたび言及してしまうのだが、それも自分を形成する要素をまるごと愛してあげたい、という自己愛から成り立っているのではないか、という落とし所を見つけた。

 

春の風の匂いでだんだん眠くなって来たのでそろそろ終わりにするんだけど、最近スピッツにはまっている。スピッツにだけははまらない。スピッツにはまったら私は完全ミーハー、王道を好むつまらない女になる!みたいなことを散々周りにうそぶいてきたのに、このザマである。全部春のせいだ!

 

終わり

0126 横断歩道を渡る人たち

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どうしようもない人と、どうしようもない話をしていた。話しながらも「どうしようもないな〜」と考えていたので、内容も断片的にしか残っていないし、本当にどうしようもない時間だった。しかし、生活とは基本的にどうしようもないことで成り立っているし、どうしようもないことで悩んだり、喜んだりなど、感情を揺さぶられることはありがたいことだな、と思う。

 

名前は忘れてしまったが、『この世はすべて惰性』と、随分荒んだ歌を歌うロックバンドがいて、ふむふむ、確かにその通りかもしれないなぁ。と思っていた。

惰性って言葉は、なんだかネガティブだし、聞こえもあまり良くない。この惰性について、私が最近考えてるのは、惰性のおかげで幸せに麻痺することもあるんだなぁ、ということ。これに気づいたきっかけと、背景はなかなか言語化し難いので、もうちょい考えてから記録しようと思う。

 

音楽とは言うなれば記憶の鍵である。と、私は思っていて、最近聴いてなかったMr.Childrenをふと聴いてみた。

住んでいた場所、人、空気、においなど、当時の私を取り巻いていた環境と曲がリンクしていた。そのとき感じたのは、第一次、二次の私の人生が終わったというか、他人の過去を見ているような感覚で、なんか変な感じ、と思ってエレカシを聴いて茶を濁した。やっぱり、音楽を聴いて当時の情景を鮮明に思い出せるのはすごいことだなあ、と改めて思う。におい付きで。

 

例えば、渇いたkissを聴くと、京葉線のホームから八重洲地下街までの通路を思い出す。些細だけど、エスカレーターの油のにおい、サラリーマンと観光客が混合してカオスな状態、朝だか夜だかわからない感覚、途中にあるタイ料理屋さんのエスニックな香り、とか。

NOTFOUND、イミテーションの木、常套句は、駅から家までの帰り道、首都高の歩道でよく聴いていた曲。首都高と下道を繋ぐ歩道橋から見えるスカイツリーと東京タワー、トラックの音、夜になると街が光ってきれいだった。

 他にも記憶の鍵となる曲はたくさんあって、どれも大切に忘れないようにしたいな、と思う。それこそ、真空パックしておくことが出来たらな、と。

 

これを書いていて思ったのは、「あの時こうしたら」と思うようなことも、私に生まれてしまった以上同じ今を辿っているのではないか、ということ。それと、人が過去を思い出したり、語ったりするのって、相当暇なときだということ。

 

ダラダラとどうしようもないことを書いてしまって、すみません。

 

終わり

1109 空に星がきれい

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電車の中で、「斉藤和義と飲みに行きたいな。」と考えていた。中央線沿い、赤提灯が目印の居酒屋で。それか、井の頭公園にこっそり酒を持ち込んで池付近にあるベンチでだらっと飲むのもいい。最近は少し寒いけど、月が綺麗に見えるだろう。斉藤和義は無口だから、何も言わずタバコを吸い、死んだ魚のような目でぼーっと月を見上げているんだろう。私はその隣でイヤフォンをして「空に星が綺麗」でも聴いていたい。

こんなの、ただの欲求というか願望なんだけど、ふと自分が本当に飲みたい人って誰だろう、と考えていた。それは芸能人でも、知り合いでもよくて。だからそんなことをぽつぽつと書く。

 

・芸能人枠

エレカシ宮本

多分会話ができないし、進まないと思う。私も口達者な人間ではないので、互いの話が食い違ったり「あれ、今これなんの話ししてましたっけ?」ってやりとりが30往復くらいありそう。しかも、悪酔いして周りにキレそうだしすぐ寝てしまうんだろうな。(もちろん宮本が)それでもいいから飲んでみたい。赤羽あたりの小汚い居酒屋で、有線なんか流れてたら尚良い。

 

香取慎吾

SMAPの思い出話と、彼が描く絵について聞きたい。彼は大食漢なので、もりもりから揚げ食べてくれるだろうし(しかもレモンをかけない)、私よりビールを飲んでくれるはずだ。それに、どれだけ食べて飲んでいても、締めにラーメンを欠かさなそう。これは結構ポイント高い。渋谷あたりで。

 

リリーフランキー

彼について何も知らないんだけど、文章を書いてる人って頭が良さそうだなっていう安直な発想と、単純に普段何を考えて生活しているのかを聞きたい。あと、若者に対して退屈な説教をする人ではなさそう。「おでんくん大好きでした」っていうことも伝えたい。阿佐ヶ谷らへん。

 

斉藤和義

冒頭にも書いたが、死ぬまでに一度は斉藤和義と飲んでみたい。いい感じにホロ酔わせて、弾き語りしてもらおうと目論んでいる。吉祥寺。

 

吉高由里子

おこがましいけど是が非でも飲み友達になりたい。プライベートでハイボール飲んでも、「うぇーい」なんて言わないだろうけど、自身のキャラを考慮したり、相手の期待に応える上での行為として、ハイボール飲んで「うぇーい」をやってくれそう。あと、人に対して思いやりがありそうだし、私の質問に真摯に答えてくれる感じがする。高円寺。

 

◯マイケルジャクソン

彼が今も生きていて、尚且つ私が英語を話せたら、という前提である。なんか元気付けてあげたい。そんなに背負うことないよって言ってあげたい。浅草のホッピー通りに連れて行く。

 

新垣結衣

まず、視覚的に幸せだと思う。飼ってる犬の話や、ウーパールーパーの話でも構わないから、同じ空間でガッキーつまみにお酒を飲みたい。ガッキーは顔だけでなく、声も可愛い。下北のカラオケバーで延々とガッキーメドレーを歌ってもらう。欲を言えば、少し嫌な顔をしながら恋ダンスを踊ってほしい。サビ部分だけでいいので。

 

いとうせいこう

リリーフランキ同様、いとうせいこうについて何も知らないんだけど、深夜番組で、20歳くらいのアイドルそっちのけに、道端に生えてる猫じゃらしを見てテンション上がってる姿に惹かれた。実際いとうせいこうと飲んだら面白いだろうし、いとうせいこうも私を面白いと感じると思う。馬が合いそうな感じ。門前仲町で。

 

爆笑問題

理想は、1回目はアイスブレイクとして爆笑問題太田光田中裕二)と私の三人で飲みに行き、田中裕二のつまらなさを実感したあと、太田光と二人で飲みに行きたい。その際には「太田さんいてこその爆笑問題ですよね。」と伝えようと思う。大井町

 

森矢カンナハリセンボン春菜

私は、高校時代から森矢カンナ(当時は森カンナ)が好きで、今もInstagramをフォローしているのだが、ハリセンボン春菜との飲み会が本当に楽しそうなので、ぜひ参加したいと思っている。サシは厳しそうだけど、ハリセンボン春菜がいたら緊張しなくて済みそう。

 

・一般人枠

◯特になかった。

 

・まとめ

飲酒はほどほどにしましょう。

 

終わり

1031 叶える前に消えた夢

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私はSMAPが大好きだった。

大好き過ぎて、SMAP×SMAPの最終回4時間ぶっ通しをリアルタイムで見続けており、その日開催された『エレファントカシマシデビュー30周年記念完全招待制シューティングライブ』に行き損ねた、という逸話を残している。(因みに、ライブの抽選は恐ろしいほどの倍率で、当選は奇跡だったようです)

憂鬱な週の始まり、SMAP×SMAPが唯一の楽しみだった。毎度お馴染み、中居正広の「オーダー」という掛け声に、テレビの前で「うぃーむっしゅ!」と元気に答えていた。今では考えられないくらい無邪気な子だった。

 

中学生の頃の私の夢は「ビストロSMAP」に出演することだった。

ビストロSMAPに出たら何を注文しよう。」
このことで頭が一杯になり、授業中もろくに先生の話を聞いていなかった。
二次関数や関係代名詞のことより、「ビストロSMAPで何を注文するか」の方が大事だった。当然である。

 

1人で出演する予定だったので、最低2品、何を注文するか考えておかないといけない。
メインは間違いなく肉を頼むつもりだった。当時から、から揚げが好物であったが、天下のビストロSMAPで「から揚げ」ってなんだか芸がないし、SMAPより私の方が美味しいから揚げを作る自信があったので棄却。肉ならなんでも美味しいだろうし、ということで「SMAPのみなさんが私に食べさせたい肉料理」をオーダーすることにしていた。
デザートは何を注文する予定だったのか、記憶が定かでないが、まあ彼らなら、センスとお金と愛嬌でなんとかしてくれるだろう。

ビストロSMAP」に出演する、という幼き頃の夢が、SMAP解散によって惜しくも破れてしまったが、もし今後復活するようなことがあれば、一般人代表としてお声掛け頂きたい次第である。

 

ついでに、笑っていいとも!のテレフォンショッキングにも出演する予定であったが、
こちらも出演する前に番組が終了してしまった。なんとも無念だが、よくよく考えてみると、公共の電波を使ってまでタモリさんと話したいことって特別ない。それに、私がテレフォンショッキングに出たとしても、喜ぶのは親族だけであって、視聴者の殆どが「この人誰?」という感想をもつだろう。私の出演によって茶の間が凍りつく前に、番組が終わってくれて本当に良かった。

 

最後に、私は「特に大成しなかった日本人代表」として歴史の教科書に載りたいと思っている。歴史の教科書ならそう簡単に廃刊になることはないだろう。それでも、もし自分の子供が歴史の教科書を手にし、「特に大成しなかった日本人代表」として母親が掲載されていたらどうだろう。それが原因でいじめに至る可能性だってある。なので、もし「特に大成しなかった日本人代表」として歴史の教科書に掲載させて下さい。と、どこかの出版社からお声が掛かっても丁重にお断りしようと思う。申し訳ない。

 

以上のことを踏まえて確信したのだが、私は斉藤和義を聴き始めてから馬鹿になってしまった。

終わり