0217 春のうた

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春の風の匂いは人をダメにする。全員かはわからないけど、確実に私はダメになる。

高校を卒業してから何年も経ってるはずなのに、心はまだセーラー服を着た幼稚な私のままだ。東京にもいくつか桜の名所があるけれど、やっぱり今も鮮明に想い出されるのは地元の桜だな、と思ってしまう。

過去ってどのくらい経ったら過去になるんだろう、と考えていた。つい昨日のことを過去だと言う人もいれば、何十年も前の出来事を過去だと言う人もいる。

ぶっちゃけ私はどっちでもいいし、そんなことより東京03のコントが面白すぎることを伝えたいけれど、せっかくだから過去について考えてみたい。

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私にとって過去とは、当たり前に自分の人生で切り離せない大事な要素である。

「もう過ぎてしまった時」と、時間軸でカテゴライズするにはもったいないほどの多様な過去を人それぞれ携えている。それは、例えば「思い出したくない過去」であったり「愛おしい過去」であったり、当時の自分の感情によって色付けられた過去だと思う。

 前者の「思い出したくない過去」について、これは最近思うことだけど、自分が人生を進めるごとに、薄くなって行くものだなぁ、と感じている。薄れて行くのは、当時の記憶や感情だけでなく、その過去をコンプレックスとして「思い出したくない」と自棄に蓋をしてしまう私のプライドである。なんかわかりづらいですね。

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要するに、時間経過によって過去は形状や濃淡を変え、最終的にはどうでもよくなるかもしれないし、からあげはうまい。ということである。もうよくわかんない。

 

私は無意識に過去についてたびたび言及してしまうのだが、それも自分を形成する要素をまるごと愛してあげたい、という自己愛から成り立っているのではないか、という落とし所を見つけた。

 

春の風の匂いでだんだん眠くなって来たのでそろそろ終わりにするんだけど、最近スピッツにはまっている。スピッツにだけははまらない。スピッツにはまったら私は完全ミーハー、王道を好むつまらない女になる!みたいなことを散々周りにうそぶいてきたのに、このザマである。全部春のせいだ!

 

終わり

0126 横断歩道を渡る人たち

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どうしようもない人と、どうしようもない話をしていた。話しながらも「どうしようもないな〜」と考えていたので、内容も断片的にしか残っていないし、本当にどうしようもない時間だった。しかし、生活とは基本的にどうしようもないことで成り立っているし、どうしようもないことで悩んだり、喜んだりなど、感情を揺さぶられることはありがたいことだな、と思う。

 

名前は忘れてしまったが、『この世はすべて惰性』と、随分荒んだ歌を歌うロックバンドがいて、ふむふむ、確かにその通りかもしれないなぁ。と思っていた。

惰性って言葉は、なんだかネガティブだし、聞こえもあまり良くない。この惰性について、私が最近考えてるのは、惰性のおかげで幸せに麻痺することもあるんだなぁ、ということ。これに気づいたきっかけと、背景はなかなか言語化し難いので、もうちょい考えてから記録しようと思う。

 

音楽とは言うなれば記憶の鍵である。と、私は思っていて、最近聴いてなかったMr.Childrenをふと聴いてみた。

住んでいた場所、人、空気、においなど、当時の私を取り巻いていた環境と曲がリンクしていた。そのとき感じたのは、第一次、二次の私の人生が終わったというか、他人の過去を見ているような感覚で、なんか変な感じ、と思ってエレカシを聴いて茶を濁した。やっぱり、音楽を聴いて当時の情景を鮮明に思い出せるのはすごいことだなあ、と改めて思う。におい付きで。

 

例えば、渇いたkissを聴くと、京葉線のホームから八重洲地下街までの通路を思い出す。些細だけど、エスカレーターの油のにおい、サラリーマンと観光客が混合してカオスな状態、朝だか夜だかわからない感覚、途中にあるタイ料理屋さんのエスニックな香り、とか。

NOTFOUND、イミテーションの木、常套句は、駅から家までの帰り道、首都高の歩道でよく聴いていた曲。首都高と下道を繋ぐ歩道橋から見えるスカイツリーと東京タワー、トラックの音、夜になると街が光ってきれいだった。

 他にも記憶の鍵となる曲はたくさんあって、どれも大切に忘れないようにしたいな、と思う。それこそ、真空パックしておくことが出来たらな、と。

 

これを書いていて思ったのは、「あの時こうしたら」と思うようなことも、私に生まれてしまった以上同じ今を辿っているのではないか、ということ。それと、人が過去を思い出したり、語ったりするのって、相当暇なときだということ。

 

ダラダラとどうしようもないことを書いてしまって、すみません。

 

終わり

1109 空に星がきれい

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電車の中で、「斉藤和義と飲みに行きたいな。」と考えていた。中央線沿い、赤提灯が目印の居酒屋で。それか、井の頭公園にこっそり酒を持ち込んで池付近にあるベンチでだらっと飲むのもいい。最近は少し寒いけど、月が綺麗に見えるだろう。斉藤和義は無口だから、何も言わずタバコを吸い、死んだ魚のような目でぼーっと月を見上げているんだろう。私はその隣でイヤフォンをして「空に星が綺麗」でも聴いていたい。

こんなの、ただの欲求というか願望なんだけど、ふと自分が本当に飲みたい人って誰だろう、と考えていた。それは芸能人でも、知り合いでもよくて。だからそんなことをぽつぽつと書く。

 

・芸能人枠

エレカシ宮本

多分会話ができないし、進まないと思う。私も口達者な人間ではないので、互いの話が食い違ったり「あれ、今これなんの話ししてましたっけ?」ってやりとりが30往復くらいありそう。しかも、悪酔いして周りにキレそうだしすぐ寝てしまうんだろうな。(もちろん宮本が)それでもいいから飲んでみたい。赤羽あたりの小汚い居酒屋で、有線なんか流れてたら尚良い。

 

香取慎吾

SMAPの思い出話と、彼が描く絵について聞きたい。彼は大食漢なので、もりもりから揚げ食べてくれるだろうし(しかもレモンをかけない)、私よりビールを飲んでくれるはずだ。それに、どれだけ食べて飲んでいても、締めにラーメンを欠かさなそう。これは結構ポイント高い。渋谷あたりで。

 

リリーフランキー

彼について何も知らないんだけど、文章を書いてる人って頭が良さそうだなっていう安直な発想と、単純に普段何を考えて生活しているのかを聞きたい。あと、若者に対して退屈な説教をする人ではなさそう。「おでんくん大好きでした」っていうことも伝えたい。阿佐ヶ谷らへん。

 

斉藤和義

冒頭にも書いたが、死ぬまでに一度は斉藤和義と飲んでみたい。いい感じにホロ酔わせて、弾き語りしてもらおうと目論んでいる。吉祥寺。

 

吉高由里子

おこがましいけど是が非でも飲み友達になりたい。プライベートでハイボール飲んでも、「うぇーい」なんて言わないだろうけど、自身のキャラを考慮したり、相手の期待に応える上での行為として、ハイボール飲んで「うぇーい」をやってくれそう。あと、人に対して思いやりがありそうだし、私の質問に真摯に答えてくれる感じがする。高円寺。

 

◯マイケルジャクソン

彼が今も生きていて、尚且つ私が英語を話せたら、という前提である。なんか元気付けてあげたい。そんなに背負うことないよって言ってあげたい。浅草のホッピー通りに連れて行く。

 

新垣結衣

まず、視覚的に幸せだと思う。飼ってる犬の話や、ウーパールーパーの話でも構わないから、同じ空間でガッキーつまみにお酒を飲みたい。ガッキーは顔だけでなく、声も可愛い。下北のカラオケバーで延々とガッキーメドレーを歌ってもらう。欲を言えば、少し嫌な顔をしながら恋ダンスを踊ってほしい。サビ部分だけでいいので。

 

いとうせいこう

リリーフランキ同様、いとうせいこうについて何も知らないんだけど、深夜番組で、20歳くらいのアイドルそっちのけに、道端に生えてる猫じゃらしを見てテンション上がってる姿に惹かれた。実際いとうせいこうと飲んだら面白いだろうし、いとうせいこうも私を面白いと感じると思う。馬が合いそうな感じ。門前仲町で。

 

爆笑問題

理想は、1回目はアイスブレイクとして爆笑問題太田光田中裕二)と私の三人で飲みに行き、田中裕二のつまらなさを実感したあと、太田光と二人で飲みに行きたい。その際には「太田さんいてこその爆笑問題ですよね。」と伝えようと思う。大井町

 

森矢カンナハリセンボン春菜

私は、高校時代から森矢カンナ(当時は森カンナ)が好きで、今もInstagramをフォローしているのだが、ハリセンボン春菜との飲み会が本当に楽しそうなので、ぜひ参加したいと思っている。サシは厳しそうだけど、ハリセンボン春菜がいたら緊張しなくて済みそう。

 

・一般人枠

◯特になかった。

 

・まとめ

飲酒はほどほどにしましょう。

 

終わり

1031 叶える前に消えた夢

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私はSMAPが大好きだった。

大好き過ぎて、SMAP×SMAPの最終回4時間ぶっ通しをリアルタイムで見続けており、その日開催された『エレファントカシマシデビュー30周年記念完全招待制シューティングライブ』に行き損ねた、という逸話を残している。(因みに、ライブの抽選は恐ろしいほどの倍率で、当選は奇跡だったようです)

憂鬱な週の始まり、SMAP×SMAPが唯一の楽しみだった。毎度お馴染み、中居正広の「オーダー」という掛け声に、テレビの前で「うぃーむっしゅ!」と元気に答えていた。今では考えられないくらい無邪気な子だった。

 

中学生の頃の私の夢は「ビストロSMAP」に出演することだった。

ビストロSMAPに出たら何を注文しよう。」
このことで頭が一杯になり、授業中もろくに先生の話を聞いていなかった。
二次関数や関係代名詞のことより、「ビストロSMAPで何を注文するか」の方が大事だった。当然である。

 

1人で出演する予定だったので、最低2品、何を注文するか考えておかないといけない。
メインは間違いなく肉を頼むつもりだった。当時から、から揚げが好物であったが、天下のビストロSMAPで「から揚げ」ってなんだか芸がないし、SMAPより私の方が美味しいから揚げを作る自信があったので棄却。肉ならなんでも美味しいだろうし、ということで「SMAPのみなさんが私に食べさせたい肉料理」をオーダーすることにしていた。
デザートは何を注文する予定だったのか、記憶が定かでないが、まあ彼らなら、センスとお金と愛嬌でなんとかしてくれるだろう。

ビストロSMAP」に出演する、という幼き頃の夢が、SMAP解散によって惜しくも破れてしまったが、もし今後復活するようなことがあれば、一般人代表としてお声掛け頂きたい次第である。

 

ついでに、笑っていいとも!のテレフォンショッキングにも出演する予定であったが、
こちらも出演する前に番組が終了してしまった。なんとも無念だが、よくよく考えてみると、公共の電波を使ってまでタモリさんと話したいことって特別ない。それに、私がテレフォンショッキングに出たとしても、喜ぶのは親族だけであって、視聴者の殆どが「この人誰?」という感想をもつだろう。私の出演によって茶の間が凍りつく前に、番組が終わってくれて本当に良かった。

 

最後に、私は「特に大成しなかった日本人代表」として歴史の教科書に載りたいと思っている。歴史の教科書ならそう簡単に廃刊になることはないだろう。それでも、もし自分の子供が歴史の教科書を手にし、「特に大成しなかった日本人代表」として母親が掲載されていたらどうだろう。それが原因でいじめに至る可能性だってある。なので、もし「特に大成しなかった日本人代表」として歴史の教科書に掲載させて下さい。と、どこかの出版社からお声が掛かっても丁重にお断りしようと思う。申し訳ない。

 

以上のことを踏まえて確信したのだが、私は斉藤和義を聴き始めてから馬鹿になってしまった。

終わり

1030 やっぱり君の顔が好きだ

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斉藤和義の「君の顔が好きだ」という曲に影響されて、人の見た目について考えていた。

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私は、自分の顔が好きでも嫌いでもない。
客観的に評価するならば、中の下〜上あたりに分類されると思う。
絶世の美女ではないけれど、死にたくなるほどブサイクでもないという具合だ。
22年間この顔で生活しているので、最近は愛着が湧き始めている。

・君の顔が好きだについて

「君の顔が好きだ」から一部抜粋する。

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めちゃくちゃ簡単に言うと、「君の顔が好きなので、性格は特に気にしない。」ということだ。(私見)
歪曲して捉えると「女は顔だ!ブサイクは引っ込んでろ!」とも受け取れる。(私見)
果たして、人は外面さえよければ、オールオッケーなのだろうか。
菩薩のように寛大な心をもっていても、外面がブサイクだったら受け入れてもらえないのだろうか。

・ブサイクとはなんぞや


「ブサイク」ってなんだろうか?

手始めに、ブサイクを
「外面」-「内面」
と、二分化してみる。

言わずもがな、
「外面がブサイク」
「内面がブサイク」という意である。

次に、「外面/内面ブサイク」を構成する要素について考える。

外面ブサイク(外面は顔面と定義する)
-10人中8人が「不適切である」と感じる顔立ち
-「個性」が過ぎている顔立ち
-顔面のパーツ同士がケンカしている、もしくは主張が強すぎる顔立ち
-見た瞬間に「岩」を想起させる顔立ち

内面ブサイク
-顔面の良し悪しを判断する前に性格が悪い
-一緒にいると不愉快になるほど性格が悪い
-性格について周りからの評価がすこぶる悪い
-他者に対して感謝の気持ちがない

パパっと挙げてみたが、本当に無駄な時間だったし、
特に答えも出ないだろうけど、もう少し思慮を深めてみる。

外面ブサイクのデメリット <-> メリット
-外に出るのが億劫になる <-> 外に出なくて済む(余計な出費を抑えられる)
-似合う洋服が少ない <-> 拘りがないのでユニクロしまむらで済む
-美しいものを見て嫉みの感情を抱く<-> 誰からも妬まれることがない
-彼女/彼氏ができない <->自分の時間が無限にある

内面ブサイクのデメリット <-> メリット
-本当の友達が出来ない <-> メリット無し
-いい大人の歳になっても考えが浅い <-> メリット無し
-変にプライドと自尊心が高い <-> メリット無し

ここで気づいたことがある。
外面ブサイクには、ネガティブをポジティブへと変換する潜在的な素質を感じるが、内面ブサイクは百害あって一利無しではないだろうか。

それに外面ブサイクは、日本という狭い国で「ブサイク」と評価付けられても、
タイやインドに行けばイケメンor美人と評価される可能性もあるのだ。

内面ブサイクは国や環境が変わっても己の内面ブサイクさに気が付かない限り、そのハンデを一生背負って生きていくことになる。

ここで気をつけたいのが、「イケメンor美人」というアセットを持った「内面ブサイク」である。いろいろあって見解を端折るが、こういった人種は一定数存在する。ただ一つ言えることは、触らぬ神に祟りなし、なるべく接点を持たぬが得策だということだ。

 

・まとめと感想


本当に無駄なことを考えてしまったな、と反省している。そもそも、斉藤和義の「君の顔が好きだ」に、「ブサイク」という言葉は一回も出て来ないし、なんで「ブサイク」について考えてしまったのか自分でもわかりません。とてもいい曲なのにネガティブキャンペーンをしてしまった気がする。実は、これを書くのに半日ほどかかったのだが、半日かけてこんなにすっかすか。近年稀に見る無駄な時間だった。「ブサイク」について考えるよりも、明日のから揚げについて考えていた方がよっぽど健全だし有意義だ。無駄なことを延々と考えてしまう日は、早く寝るに限る。

 

終わり

1020 からあげ問題はいつも面倒だ

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中学生のときに、ヤフー知恵袋で「勝手にから揚げにレモンを絞る夫。どう思います?ベストアンサーにコイン100枚あげます!」といった内容の質問を見たことがある。


当時の私は、この質問を目にして「から揚げにレモンって合うのか!?」と、そのコンビネーションに衝撃を受けた。それほどまでに、「から揚げにレモンを絞る」行為とは無縁だったのである。


社会人になり、飲み会や外食が増えるようになってから、「から揚げにレモン絞るよ星人」と出くわすようになった。どこに行っても、から揚げにレモンが添えられているのだ。「から揚げにはレモンを添えなければならない」と日本国憲法で定められているのだろうか。


白米には味噌汁、寿司には醤油、サンマには大根おろし、猫にはマタタビ、みたいな図を狙ってるのか知らないけど、いて当たり前のような顔して、から揚げの隣にいるから困る。


そもそもである。
最初から、レモンなど添えられてなければ、「レモン絞っていい?」なんて聞かれなくて済むし、レモンを絞られたから揚げを食べなくて済むし、中学生の時に見かけた主婦もコイン100枚を犠牲せずに済んだのではないだろうか。


「から揚げにレモンを絞るよ星人」について、私なりの考察を述べたい。


彼らは、生まれて初めて見たものを母親と認識するヒヨコのように、から揚げを見たらレモンを絞る、という習性を持っている。そのため、から揚げを見た瞬間に、脊髄反射で「から揚げにレモン絞る?」と発してしまうのだ。


この時、「から揚げにレモンしぼ」あたりでおもむろにレモンを手に取り、既に絞る体制に入っている。そのため、「から揚げにレモン絞る?」は、ただの挨拶であり、から揚げにレモンを絞ることは彼らの中で決定事項なのである。


ここで、
「えっちょっとレモン絞らないで。」
というと、親の仇のような目で見られる。ことは、ほぼ無い。


「から揚げにレモンを絞るよ」星人も、普段は立派に人間社会で生活しているため、レモンを絞るか絞らないかということは、重要な問題ではないのだ。

 

どちらかというと、「から揚げにレモンをかけないでほしい」という拘りを持った人間の方が、ややめんどくさいのである。

 

から揚げにレモンを絞った星人を親の仇のような目で見てしまうし、レモンを絞られたから揚げを食べて、「ああ、レモンの絞られていないから揚げを食べたかった」という思いが1週間くらい付きまとう。


社会的に見て、圧倒的に後者の方が重症であることがわかる。


私がなぜ、「から揚げにレモンを絞らないで」と主張できず、レモンのついでに涙の味がするから揚げを食べなくてはならないのか。

「から揚げにレモン絞っていい?」
「ごめん、レモン絞らないで」

このやりとりに、羞恥を感じるからである。
長い人生で見ると、から揚げを食べる時間なんて、たったの一瞬だ。その一瞬に、「から揚げにレモンをかけないでほしい!」と、自身の拘りを周知にさらけ出し主張することが恥ずかしい。好きな人に告白する行為と同等の羞恥心を伴う行為なのである。


今後、私は人とから揚げを食べに行く際には、レモンアレルギーを装うと思っている。


「レモン絞っていい?」


「すみません…!私から揚げ大好きなんですけど、レモンアレルギー持ってて、、そのままでも良いですか?」


と、目を潤ませながら懇願するのだ。
事実、から揚げにレモンを絞られると心因性ショックを受けてしまうので、アレルギーというのもあながち嘘ではない。

しかし、こんなやり取りをするのも野暮なので、「から揚げにレモンを絞っていい?」と聞かれた瞬間に、白目を剥いてレモンから意識を逸らそうと思う。

色々考えてみたけど妙案が浮かばない。
この「から揚げにレモン絞る」問題、実に難解である。
コイン100枚あげるのでベストアンサーが欲しい。

0928 君の顔が好きだ

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私は、斉藤和義になりたいガールである。

奥田民生になりたいボーイに感化されて言ってますが、映画は観ていません。)

 

恐らく、斉藤和義という人物は変態だ。

*社会不適合者

*裸の俺様

*ポストにマヨネーズ

ここら辺の曲を聴いてみればわかる。

 

これらの楽曲を大衆の面前で、

恥ずかしげもなく歌うのだ。

変態以外の何者でもないし、実際に変態らしい。

 

もし仮に、性格は私のままで、外見と才能が斉藤和義だったとしよう。

 

まず、大勢の前で歌うことができない。

 

たまたま友達と行ったカラオケで、

Mr.Childrenの『名もなき詩』を歌い、

「和義って本当歌上手いよな!歌手になればいいのに!」と言われ、

「ありがとう」と答えて終わりだろう。

 

天賦の才を無駄にして死んで行くのはやりきれない。

斉藤和義の両親に顔向けができない。

 

せっかく斉藤和義に産まれたのだから、

音楽のセンスをフルに活かしてみよう。

 

斉藤和義じゃない私は、ギターを弾けないのでそもそも楽曲作りが出来ない。

 

しかし、斉藤和義になった私は、ギターが弾ける。

 

なので、まずは楽曲作りから始めようと思う。

ここから、

*社会不適合者

*裸の俺様

*ポストにマヨネーズ

といった楽曲が次々と生み出されて行くのだ。

 

取り急ぎ曲は出来た。

しかし、人前で歌う勇気がない。

 

 そんなとき、私(斉藤和義になった)は富士そばの安いビールに頼って、羞恥心を消す。

 

酩酊状態の私(斉藤和義になった)は無敵である。

千鳥足のまま高円寺に向かい路上ライブを始めるのだ。

 

観客はこうだ。

 

星野源を意識して、白シャツの第一ボタンまで閉めた黒髪の男と、「うわっ、絶対こいつ星野源好きだろうな。」っていう感じの丸眼鏡をかけた女の男女カップル。

 

本とか読まないけど装丁デザイン好きでついつい買っちゃうんだよね、を言い訳に古本屋へ足繁く通うロン毛のお兄さん。

 

現代のヒットチャートに不満を感じているが、それを吐き出す場がツイッターしかないことに辟易している女子大生。

 

とりあえず、サブカルかぶれのいかにも高円寺駅ユーザーっぽいやつらがわらわらと集まって、ツイッターで拡散してくれて、私(斉藤和義になった)はどんどん有名になって、最終的に武道館で「君の顔が好きだ!」と叫ぶのがシナリオである。

 

 斉藤和義が、斉藤和義で生まれてきても武道館が約束されているし、

私が、斉藤和義で生まれてきても武道館が約束されているのだ。

斉藤和義ってすげ〜!

 

余りにも壮大な結論に至ったわけだけど、

これと斉藤和義が変態なことは何の因果関係もないし、変態だからといって武道館デビューできるわけではないので勘違いしないでほしい。

 

斉藤和義の変態さはある種の才能であるが、一般人の私たちが斉藤和義を目指して変態になっても、「○○さんって変態だよね。」と適当に評価され、白い目で見られるのが関の山なので、ぜひ気をつけたいところである。

 

終わり。