読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

0128 笑える人は強い

f:id:karagegadaisuki:20170128140816j:plain

■笑える人は強い

思考が前進してくれない。

同じ場所を掘り続けているだけで何も見つからない、宝探しのように。

私がよく思いつく瞬間って、一人で道を歩いているときなんですね。

閃いたことを事細かにメモするのって億劫だし、

後で思い返しても新鮮味だったりリアルさに欠けると思っている。

ふと今までにないような革新的且つ斬新な(自分にとっては)発想が生まれても、

すぐにゴミ箱行きか、上書き保存してしまう。

あーもったいない。

 

■悪くも愛おしい

承認欲求って悪いもの扱いされすぎじゃないですか?

「あの子ってよく自分の写メSNSに載せ過ぎだよね。

承認欲求の塊じゃない?まぢうけー」

みたいな呟きをTwitterで見かけることがあります(若干誇大表現していますが)

ちょっともう一度質問させて下さい。

承認欲求にどんなイメージを持っていますか?

人間には三大欲求といわれるものがありますよね。

私なんかは食べ物に対する欲求が人一倍ある方なんですけど、

食欲強すぎて咎められることもないし、損したこともないです。

好きな人の前では打算的に少食ぶったりなんかはしますけど、

食欲に素直な自分を恥じることってないと思うんですよ。

なのに世間って承認欲求に対して異常に神経質なんじゃないか?

このことに気付いたのも私が一番承認欲求に対して敏感であるからです。

だからちょっとこの3日間くらい「承認欲求」と向き合ってみました。

■承認欲求のタイプ

自分が置かれている環境に応じて

承認欲求の属性が変わってくることに気づきました。

環境を大きく以下の2つに分けます。

・大人数

-職場、学校など大人数で関わり合う環境

・1対1

-夫婦、恋人など一人ひとりが向き合う環境

 

□大人数に置ける承認欲求について。

これはもうめちゃくちゃ苦しいです、つらいです。

端的にいうと死にたくなるくらいには、つらいです。

はい。大人数のコミュニティから生まれる承認欲求っていうものは、

思わず語彙力を失くしてしまう程つらく苦しいものなんですよね。

「上司にこう見られたい」「先生に褒めてほしい」

「自分はこんだけやってるんだからもっと評価されるべきだ」

「どうしてあいつの方がモテるんだろう」

多くの承認欲求が飛び交っているせいでWi-Fiの接続も不安定になるレベルです。

なぜ、大人数に置ける承認欲求は

自分にとってマイナスに作用してしまうのでしょう。

私が辿り着いた考えはは、自分を評価してくれる対象が不特定多数であるからです。

職場で言えば、直属の上司、チームのリーダー、同僚、

学校で言えば、先生、友達、クラスメイト。

上記で挙げた対象以外にも、日常生活を送る中で自分と接する人多くいますよね。

自分を評価したり、はたまた自分自身が比較しようとする対象が

多ければ多いほど自分を悪い思考へと導こうとします。

(この環境を原動力やバネとしてポジティブに生き延びる方も

数千万人に何十人かは存在するかと思いますが私基準でお話させて下さい)

対象が不安定な「認められたい」という欲求は、

食べればすぐに収まる食欲なんかよりも

遥かに怖く間接的に私達の心と体を蝕んでゆくのです。

□1対1から生まれる承認欲求

さて、上の説明では再三承認欲求を悪者扱いしてしまいましたが、

「ちょっとまって、承認欲求ってこんなに美しく尊いものなんだよ」

って主張もさせて下さい。

「私」対「特定の相手」

つまり1to1の関係性に位置する承認欲求は、

原始時代から潜在的にある欲求なのではないか。

という考えにたどり着きました。

例えば1to1の相手が彼氏だった場合。

「誰かに認められたい」に入る「誰か」が

「たけしくん(彼氏の名前)に認められたい」に変わる。

何が言いたいかというと、

抽象度の高いあやふやな目的(対象)に敏感になるよりも、

具体性のあるはっきりとした目的(対象)に意識を向けたほうが

人は何倍もの力を発揮しモチベーションを維持します。

常に他方位にアンテナを張り続け、

良い自分を演じ続けていると、疲れます。

パフォーマンスクオリティも下がります。

自分の中で目的や対象を明確にすることによって、

行動に深みが増し、着地点を見失うことなく前進することが出来ます。

絞った的に注力すれば余計な労力を掛けずに済みます。

確かそんなようなことをドラッカーも言ってました。

booklive.jp

 

■強引にまとめ

ここまで流し読みをしてくださってありがとうございます。

強引に取りまとめると、

-承認欲求は1to1のコミュニケーション内でフルに活かしていくべき。

-分散してしまうと「自分らしさ」がわからなくなる。

-承認欲求って恥ずかしくないよ。

ということ。

私はまず、自分の承認欲求を承認してあげることから始めてみます。

もし承認欲求が人間化して目の前に現れたら、

なんとも可愛いものだろうなぁと思います。

「お前、そんなに認められたかったのか!可愛いやつだなあ。」

といって抱きしめてあげたいくらいです。愛おしいですね。

どんなモノも言ってしまえば「使い用」なので、

うまく飼いならして生きていったほうが楽になるんじゃないかな。

 

■おわり(タラレバ女子について小言)

最後、ちょっとネガティブな意見になるんですけど

今ドラマ化されてる「東京タラレバ女子」。

あれって需要あるんですかね?!

個人的に東村アキコさんの画風が好きで

Web漫画でレンタルして読んでみたんですよ。

普段、作品の意図に対してそこまで深掘りするタイプじゃないけど、

タラレバ娘に関しては作者の思考や性格をリアルに

感じすぎてしまうため好きになれなかったです。

休日、演説を垂れ流ししている選挙カーが家の前を通って、

聞きたくもないのに聞こえてしまうような状況とちょっと似てました。

一方的な主張は溝を作りますよね。そんな感じです。

ドラマについては、吉高由里子さんが個人的に大好きなので

帰省したら見ようと思います。

漫画は東村アキコさんの画風が好きなので、

作者の意図を感じなくて済むような作品を選んで楽しみます。

kc.kodansha.co.jp

 

めろぽんだし!!可愛い。

おわり